ふしぎ日記(86)

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古代シュメールの言葉で「アヌンナキ」と呼ばれる「偽神」の指図で、モーゼとイスラエルの民のうち腕に覚えのある者たちが砂漠の木であるアカシア材に金の塗装を施した「神輿」を造り、これを「神体」としてシナイ半島の荒野を40年間「さまよった」という記述が旧約聖書「出エジプト記」に書かれています。
その「神輿」の別の名は「契約の箱」と呼ばれ、一族の指導者モーゼと司祭階級であるレビ人に「神託」を降ろすトランスミッター(通信機)の役割を果たしたといわれます。

エジプト人に同化して労役の仕事に従事していた古代のユダヤ人たちは独立したアイデンティティーを保ち続け、彼らなりの楽園を夢見ていたことでしょう。
隷属する身分の人々にとって日々に心に願い描くことは、「開放」であり「自由」であり「楽園」だったに違いありません。

エジプト歴代王朝第19代のファラオであるラムセス2世統治と「出エジプト」の時代は重なり、モーゼが同胞の解放を申し出たファラオもこの王であった可能性が高いといえます。
この頃が古代エジプトの繁栄がピークを迎えた時代で北はパレスチナ、リビア、南は現在のスーダンに至る広大な地域を支配していました。

遠征に要する軍隊や常駐政権の維持、戦乱後の整備、神殿の建設など多くの人手を要したことは言うまでもありません。
それらの使役に従事した人々は、もともと被支配地域に居住していた市民たちでファラオによる庇護の下で一定の保障の約束と引き換えに労働力の提供に同意した平民たちでした。

古代ユダヤ人と呼ばれる民族も、中東における栄枯盛衰の国盗りゲームに翻弄された「普通の人たち」の一群に過ぎなかったことでしょう。
その後三千年以上にわたり、シナイ半島の放浪の旅から始まり、やがてユダヤ・イスラエル王国を築き上げ、バビロニアの捕囚時代を経てメシア(キリスト)の降臨と復活という輝かしい一瞬を目の当たりにしてローマ帝国の属国となり、再び流浪の民としてヨーロッパ全土に散り散りとなりました。

古代中東の南北の勢力つまりエジプトとシュメールの末裔によって翻弄された民族は、長い歴史を経た末に「世界の中心」から大きく東西すなわちアジアとヨーロッパへと拡散する運命をたどったといえます。
西へ向かった一行は一部が地中海を一周して再びパレスチナへと戻り、東へと旅立った人々はアジアの各地で土着民族と融合したり極東の島国でコミュニティーを形成し、やがて支配階級に大きな影響を及ぼすようになったといえるでしょう。

ラムセス2世当時、いわゆる「上エジプト」と呼ばれるナイル川上流地域は金をはじめとする鉱物資源の宝庫で、採掘に従事した奴隷たちはファラオの栄華と自由への憧れの狭間に日々心が揺らいでいたことでしょう。
支配者の栄光を自らの身になぞらえ、同時に支配者からの自由を渇望するという心理は現代を生きる私たちの中にもそっくり生き続けているのではないでしょうか。

支配者の存在を鬱陶しく思いながら、現実には支配者の下で自らを委ね切って安寧を得たい、という拭いきれない依存心が誰の心にも存在するのではないでしょうか。
これを奴隷“根性”と呼ぶかはさておき、上司やリーダーや管理者や政治家や大統領を自分のアイデンティティーとして受け入れ、これなしでは生きていけないと自分に信じ込ませて生活しているのが私たちの現状ではないでしょうか。

支配と被支配という関係は「常識」という全地球的な「隠れ蓑」に堂々と身を潜め、その圧倒的なコントロールの力を全人類に及ぼしているといえるでしょう。
悠久の昔から絶えることなく刷り込まれてきた抜きがたい信念のひとつにこれがあり、私たちの権利である「心と体の自由」を私たち自ら縛り続けてきました。

「夜明けの晩」は長かった拘束と隷属の歴史からの開放を予感させます。
最初の時つまり「ゼプ・テピ」であるスフィンクスとピラミッドの時代から1万3千年、当時ナイル川デルタ地帯の南子午線上地平近くにあったオリオンは悠久の歳月をかけて天空へと上昇し、古代のロングカウントカレンダーが揃って指し示す2万6千年サイクルの「終了と新たな始まり」に合わせるようにその最高点近くに達しようとしています。

鶴(朱雀)と亀(玄武)がすべるとき、それはスフィンクスが見つめるしし座の「後ろの正面」、すなわち水瓶座の時代に入るとき。
いついつ出やる…、もうすぐ出やる、アクエリアスの時代。

by ガオ(^ー^)

ふしぎ日記(85)

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今は「夜明けの晩」のまさにその時であることに心を開く必要があるようです。
神代の「時のはじめ」に誰が歌い始めたか、どのような意図によって作られた歌なのか、その目的は何なのか…。

わらべ歌という先祖から子供たちの遊びの世界で脈々と歌い継がれてきた「言い伝え」の真意を、時代の大きな変遷とともに昔の遊びがひとつずつ消えていく現代にあって、これを改めて検証する必要があるのではないでしょうか。
「古いものは現代的価値のないものである」とする大方の大人たちが持つ概念を、輪廻という無数の大小さまざまに完結した「輪」の描くシンクロニシティの美しさによって覆すことのできる、今が最後のチャンスといえるのかもしれません。

見えない「影の力」によってコントロールされた地上の権力者や学術論者、社会学者が流布する最先端の常識に埋没しつつある絶対多数の地球市民たちが、教え込まれ騙され洗脳されてきた信じがたい経歴に目覚め、古代の祖先たちが受け取り、伝えてきた純粋でかけがえのない遺産に今一度目を開く必要があるのではないでしょうか。
太古の祖先たちは、はるか宇宙のかなたにふるさとを持つ極めて優れた知性たちとの交流によって彼らから授かった永遠の真理の一端を、古事を記したテキストとして、伝承として、物語として伝えたのではないでしょうか。

その祖先たちとは現代に生きている私たち自身であり、「今」という瞬間に凝縮しているすべての過去と未来の自由な往来のための道具、つまりタイムマシンとしての機能を託したといえるかもしれません。
タイムトラベルはメカニカルな装置による時空間移動だけを指すとは限らず、文書、伝承、遺跡、神話といった手法によって、太古のメッセージを未来の自分たちに宛てて意図的に残すというテクニックも含まれると解釈してもいいでしょう。

現代の私たちには数千年あるいは一万年単位の未来の子孫へと、つまり未来の自分たちあるいは新しい地球の住人へとメッセージを託す手段も、また託すべき価値のあるメッセージ自体を持ち合わせていません。
それだのに私たちは傲慢で、古代のどんな人類よりも優れた文明を作り上げたと固く信じきっているありさまです。

最先端のメディアと呼ばれるブルーレイやHD-DVDの寿命が何百年とはとても思えないし、ましてや何千年も先の子孫にメッセージを伝える手段は皆無といってよいでしょう。
ゼータのプロフィールを描いたクロップフォーメーションは、ディスクと思われる品物を手にしています。

彼らが伝えたいこと…、それは「情報」ということでしょう。

あなた方にいちばん必要な情報を私たちは手にしています、しかしあなた方の文明に過度の干渉をすることは宇宙の法で禁止されています。
どうか、この情報を受け取りたいとの意思を私たちに示してください。
私たちは喜んで皆さんの変容の時代に必要な情報を提供する準備ができています。

「夜明けの晩」は「目覚めのとき」でもあります。
「次の太陽」が昇る頃に目覚めても、そこは住むに耐えない灼熱の地球かもしれませんよ。

by ガオ(^ー^)

ふしぎ日記(84)

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古代を語るときに忘れてはならないことは、歴史という「無限の過去から無限の未来へと直線的に伸びる空間の回廊」というイメージからは決して見えてこない何かがあることです。
私たちの「時間」という認識が、極めて多次元的エネルギーの三次元物質界における限定された作用と発現の結果と考えると「時間の存在」そのものが必ずしも時計や光速度とリンクしているとは言えないという、柔軟な受け止め方が必要になってくるのかもしれません。

私たちの文化が「光速度以上の速度を認めない」という物理学的法則を定義づけたとしたら「宇宙からの来訪者」という存在そのものが「非現実的」としてあらゆる可能性から排除されてしまいます。
この地球の至るところに現代人の知識と技術では絶対に真似のできない高度な文化の痕跡が発見されても、私たちのローカルな時間概念からは「異星からの訪問者」というオプションを認めることができず、そのため無理やり従来の仮説の枠内に押し込めて定説とする、あるいは「例外」として闇に葬って無視するといった卑屈な手法が採られてきたといえるでしょう。

学会や専門家の間には、彼らが永年にわたって積み上げてきた学説や理論を定理や常識として新たな論理構築の基盤として用いてきた経緯があり、もしこれらの定説が覆されることになれば膨大な業績のすべてに見直しを迫られるという悲惨な事態を招きます。
そのため彼ら高度に発達した学会のスペシャリストたちにとって、基本認識にかかわる異説の存在ほど鬱陶しくて苛立ちの元になるものはなく、同時にそれらを極度な恐怖感として無意識下に保持しているという現実があるようです。

これら「こだわりの集積」が、常識化された一般認識という普遍的外圧を伴って絶えず働きかけるため「こだわり」がさらに新たな「こだわり」を生み出し、その結果として細分化専業化された狭小で貧弱な理論の寄せ集めのような知識体系を生み出してしまったのが今日の地球文化といえるものかもしれません。

「当たり前のこと」と思い込んでいるさまざまな事柄を今一度個人的に見直してみて、「物事の認識」に独自の光を当て、無条件に受け入れて固定概念化している化石のような常識や定理をもう一度解きほぐし、柔軟なオリジナリティーを受け入れて心の視野を拡大する必要があるのではないでしょうか。
系統化され細分化された専門分野の先端学者でない大多数の人々の特権は、とらわれる必要のない自由な発想による自由な判断と創造が保証されているところにあると思います。

時間や愛や宇宙からの訪問者についてのイメージも、決まりきった形式にとらわれない自由で気持ちのよい、自分にいちばんふさわしいと感じる姿としてハート全体でとらえることが望ましいのではないでしょうか。
論理や思考が先立つと、自由な想いや創造の力がブロックされ、自分自身の中にある本来のすばらしい直観をもとにした世界を展開できなくなってしまいます。

たとえば太陽系から最も近い恒星であるアルファケンタウリまでの距離は4.3光年、プレアデスまでは410光年、シリウスまでは550光年、カシオペアまでは55億光年もあるので宇宙の往来は困難に満ちたものに違いない、と考えてしまいます。
もっと現実的な思考を当てはめると太陽系からの脱出に必要な第三宇宙速度は秒速16.7キロメートルつまり光速の0.00557%だからアルファケンタウリにたどり着くのに7万7千年要することになる、と計算することになるでしょう。

すると「恒星間飛行」などというものは理論としては成り立つものの実際的でなく、それよりもはるかに遠いプレアデスやシリウスとの交流などというものはありえないと考えてしまいます。
このような思考からはネガティブとポジティブの別なく「地球外生命による援助または干渉」という推論そのものが選別の対象とされ、真剣に検討探求されることなくゴミ箱に投げ捨てられるという不幸な経過をたどってきたのではないでしょうか。

皮肉なことに、このような世間常識を隠れ蓑として利用することで某国政府によるグレイとの密約プロジェクトが水面下で堂々と行われてきたという経緯があるようです。
米航空宇宙局(NASA)による「地球外文明探査計画」と称するプロジェクトはその隠ぺい工作の一環であり、右手で宇宙人との密約を交わしながら左手で探すふりをするという国家レベルでの茶番劇の好例といえるでしょう。

科学がすべての判断の基本にすえられ、客観性と普遍性とが真実の絶対的属性とみなされると同時に、主観的事実、感性をもとにした直観的真実と呼ばれるものは「不確定なもの、当てにならないもの」としてことごとく排除されるようになりました。
事実とはその個性が創造した現実のすべてであり、世界には数十億のオリジナリティー溢れる無数の「現実」が存在することを無視すると、一握りの権力者集団が絶対少数の弱者集団を支配するという十把一絡げ的な民主主義のトリックを蔓延させることになるのでしょう。

古代イスラエルのシンボルは「契約の箱」ではなく、彼らの故郷であるエジプトのナイルの流れであり、ギザ台地のピラミッドとスフィンクスだといえます。
「かごめの歌」は、スフィンクスが見つめる1万2500年前の春分(秋分)の日に朝日が昇る背後の星座である「しし座」の暗示にリンクし、後ろの正面である「水瓶座」を「夜明けの晩」として歌い上げました。

by ガオ(^ー^)

ふしぎ日記(83)

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「グレイ」を筆頭とするネガティブな地球外生命体たちが、急速な波動上昇を開始した太陽系惑星エリアを去り、自らも変貌を果たして古い現実を脱ぎ捨て彼らの本来の場所へと帰った今、地球は外的影響力から開放された一瞬の静寂を得たといえそうです。
ただ、彼らの意思を受け継ぎ、ネガティブな作用を世界に及ぼすことを身上としている支配勢力は、多数の民意の反映として旧態依然とした統制と情報操作の影響力を持ち続けているようですが…。

いずれにせよ私たちの生命の源である太陽系第三惑星として美しい輝きを放つ地球は、フォトンのスパイラルに完全に取り込まれた太陽の強力なエネルギー放射によって変容し続けており、その影響力が物質レベルにまで及ぶようになったといえるでしょう。
すべての出来事は、まず高次領域の世界で「種子」がまかれ、次元を下るようにして成長を続け、最後にもっとも濃厚なエネルギー密度で物質が構成されている三次元時空域で現実化するという経過をたどることになります。

私たちが予期すること、予想すること、予感することはすでに上位の(波動的に精妙で周波数が高い、という意味)次元領域で現実化していることから来る予告編であり、とらえどころのない不安感、恐怖感、絶望感、出口を見失った閉塞感、孤独感といったネガティブな感情として噴出することがあるようです。
これら、一見邪魔で不要で障害のような感情の現れは、現在という時間域が生み出す未来への布石、足台、飛び板の役割を果たすポジティブな素材であり、長い間閉ざされていたその封印が解かれていると解釈したほうがいいでしょう。

高次元から押し寄せる高いポテンシャルのエネルギー波動は、あらゆる存在の持つ内的情報源に働きかけ、その振幅を増幅し、拡大して表層へと送り届ける作用を果たします。
光と影、つまりプラスとマイナスが強力な増幅器に接続された結果、最大出力の波形が放出され、これが次元の壁を打ち破って物質領域まで影響を与えると考えたらいいかもしれません。

その結果としてさまざまな肉体的不調、感情的不安定、物事の悪化や停滞といった現象が伴うかもしれませんが、これは物事の持つ両面の対極性としての物質界に現れた兆候として受け入れるべきであり、大切なことはプラスの部分、積極性の領域、前進へのエネルギーも同時に送られていると解釈すべきでしょう。
影の部分、マイナスの部分、光を光として有らしめるための裏づけとしての「闇」を、あえて現実に投影することでその実体を見据え、アストラルレベルにおける永遠の記憶に刻みつけ、霊的な抗体を生み出し、光一元の世界では得ることのできない「影の認識」を獲得し、永遠の資質として共有することを意図した悠久の昔にかわした集団での合意を果たしたと受け止めるべきでしょう。

古代シュメールに忽然と姿を現し、原始生活を送っていた現地の洪水からの生き残りの子孫たちに、農耕と都市設計と暦とを差し出し、引き換えに奴隷種族への遺伝子改造と貴金属やクリスタル類の収奪を果たしたアヌンナキと呼ばれるニビルからの訪問者、米国政府との陰湿な契約をもとに人類の捕獲や家畜解剖を勝手放題にしたグレイと呼ばれる南天レチクル座出身のネガティブな宇宙人たちも、その実質は「悪の権化」などというものではなく、何万年というスパンで見れば人類の集合意図に呼応してその役割を果たすために宇宙のかなたから来訪してくれた愛すべき協力者だったと言えるでしょう。

彼ら闇の協力者たる宇宙人たちは、その痕跡をさまざまな負の遺産として私たちにプレゼントしてくれた上、その物質的な足跡を長い歴史のかなたへと風化させ、洗い流し、地層の奥深くへと封じ込めてしまいました。
ただ、悠久の時の流れとは短命な人類がそのミクロなものさしで測りえる結果として打ち出した一過性の原始からの進化などという単純なものでなく、巨大なワンネスの(つまり「愛」が支配する)意思のもとで人類を含む宇宙の全存在が一体となって創造するシンフォニーの一小節に過ぎないということです。

宇宙はリズムであり、鼓動であり、クリスタルの発する精妙な波動に象徴されるバイブレーションのエネルギーだといえるでしょう。
永遠の交響曲は巧妙なリフレインが随所に挿入されていて、圧倒的な調和に微妙な不協和音が混じることによって演奏が進められ、さらに上位の大宇宙にコレクションされていくのでしょうね。

by ガオ(^ー^)

ふしぎ日記(82)

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私にこの「ふしぎ日記」を書くきっかけを与えてくれたのも「ゼータ」と呼ばれるポジティブな宇宙の友人たちでした。
彼らは宇宙の知的生命体の存在する証拠として英国のソールズベリ平野を活動の拠点として「クロップフォーメーション(発見の初期にはミステリー・サークルと呼ばれた)」という現象を現し、優れたシンボルとしての役割とともに美しいデザインと息を呑む斬新性、科学性、存在感をその作品群に託してきました。

宇宙のルールとして他の星系存在に対してその独自性、アイデンティティー、自由意志の尊厳を侵してはいけない、という一方的な干渉を制限する法則が存在します。
これは宇宙開闢以来の一貫した普遍の法則であり、あらゆる存在のすべてに適用されこれを無視することは「不可能」であり、抵触すれば即座にカルマの法則が現実化する仕組みとなって働いています。

「神の裁き」というものが、もしあるとすればそれは「法則」の無数のバリエーションのうちのひとつが現実化した結果ということがいえると思います。
そのため地球人側からの明白な意思表示が存在しない限り、どのような優れた宇宙の友人といえども彼らの側から不特定多数の民衆に向かってメッセージを与えたり現象を見せたりすることは原則としてできないことになっています。

そのため、太古より地球と地球人との間で関係が深かったゼータを含むシリウスやプレアデスの存在が、私たちに何か重要な警告を与えようとしても、地球側にその意思がない(すなわち聞く耳を持たない)場合は善意の介入であっても干渉の可能性を含み、動きたくても動けないという歯がゆい立場に甘んじるしかないという実情があるようです。
そのため上空からのメッセージの流布や彼らの乗り物である時空元移動装置(=UFO)による存在の誇示などのデモンストレーションは、私たち地上側の受入れ態勢がかなり熟してからということになるようです。

クロップフォーメーションは宇宙の法則であり意識存在の常識でもある「一方的干渉の禁止」に抵触することなく彼らの存在と科学技術と精神性をまとめて表現するための切り札でもありました。
彼らはフォーメーションのひとつに「マヤのロングカウントカレンダー」を取り上げ、歴史が一直線でなく幾つもの法則的なサイクルの繰り返しからなっており、初めと終わりが連続し、終わりは次の初めとなることをメッセージとして託しました。

しかし私たち地球人の物質的なアプローチだけに偏ってしまった極端なベクトルをもととする探究心が、フォーメーションの真の意義と目的から遠ざけ、ひたすら科学的方法論と犯人探しの不毛な議論に終始して彼らの本心が伝えられないでいるようです。
ゼータは南天のレチクル座にある星で北半球に住む私たちからは見えませんが、太古より地球と深い関係を保って現在に至る異星の友人たちの故郷です。

同じような姿の種族に「グレイ」と呼ばれる存在がいますが、彼らはゼータと同じ祖先を持つ「闇の側」を受け持つ役割を果たしています。
アセンションの時期が迫っていることを察知した彼らは、情報によるとすでに地球近傍から退避し、母星へと引き揚げたようなのでアメリカ政府との水面下での接触も行われていないはずです。

その方面の出現情報が明らかになるにつれ、意味不明のアブダクションやキャトル・ミューティレーションといった怪奇な事件はなくなることが報告されるはずです。
グレイはロズウェル事件(1947年に米国ニューメキシコ州のロズウェルに円盤型物体が墜落し、その跡地から死体を含むさまざまな物品が押収された事件)をきっかけに米国政府との陰湿な関係を結び、政府の許可を得て前記した無軌道な行為に及んだとされています。

これなどは一部の「合意」が、社会にとっては深刻な干渉となって現れた一例といえるでしょう。
同じ祖先を持つポジティブな存在に、クロップフォーメーションの仕掛け役である「ゼータ」がいます。

容姿がネガティブ存在のグレイと同じなので(子供のような背丈、巨大な頭に昆虫のような目、ほぼ退化した鼻や口、貧弱な胴体…)、ゼータに関する情報はとても混乱しているようです。
ここにも波動や感性で対象を見ようとせず、目に見える「形」だけで判断しようとする、私たち地球人類の三次元物質界にとらわれ果てた抜きがたい共通癖が影を落としているといえそうです。

いずれにしろ各国政府が極秘事項として国民の目から隠し続けてきたこれら「宇宙情報」のすべてを洗いざらい公表する日が近いことを信じつつ、その「Xデー」を境に人々が真実に目覚めて「常識の枠」が急速に拡大されることを期待したいと思います。
そのときはもはや「UFO」は存在せず、適切なほかの呼び名が与えられることになるでしょうね。

by ガオ(^ー^)